仕掛けるのは闘いか、平和か。

名優チャップリンの映画『独裁者』に有名なセリフがあります。

「私たちはみんな、他人の不幸ではなく、お互いの幸せと寄り添っていきたいのだ。私たちは憎みあったり、見下しあったりしたくないのだ。」

わかっているのに同じ屋根の下で争いが絶えないのは何故でしょう。

誰かを攻撃したり批判したりしているとき(頭の中で文句を言っているのも含みますよ)に、気分がいい人はまずいません。後になって自己嫌悪に陥ることが多いですし、そもそもイライラするために一緒にいるわけではありませんよね。

人を貶めたり、暴言で攻撃をして喜んでいる人がいるじゃないか・・・と思うかもしれませんが、脳に興奮物質が出ているだけで喜びとは別物ですし、本当のココロの中は本人にしかわかりません。他人の感情よりもまず、自分の感情と向きあいましょう。

ただし、相手に攻撃を仕掛けてくる人たちの共通した心理はあります。

それは「自分が勝てると思った相手に攻撃を仕掛ける」ということ。
逆を考えると攻撃対象になりやすい人がいるという事です。

こういう人は職場が変わっても、家族から離れても、結婚しても、ママ友ができても・・・いろいろな場面でパワハラを受けてしまいます。もし、「それって私かも・・・」心当たりがあるなら、相手も思惑がどうであれ、自らターゲットから外れなければいけません。
この場合、相手よりが激しい攻撃を仕掛けるのは正解ではありません。先ほど言ったようにパワハラを行なう人は「勝てると思った相手」をターゲットにしますが、だからといって闘いを終わらせるには「勝てない」と思わせることではないのです。かえって相手の凶暴性が増すことがあるからです。
やり込められているばかりでは悔しい、こいつより強くなりたい!そう思ったことはありますよね。でもね、本当の強さとは無駄な闘いをせず、相手に「攻撃をする必要がない」と思わせることなのです。
パワハラを行なう人にとってのご褒美は相手から感じる恐れ・不安・怒りです。つまり「怖がらない」「怒らない」人には攻撃すらしかけてこないのです。


例えば家の中で言うなら、家族が「夫が怖い」「父親が怖い」という認識で一致していると、「俺のいう事に歯向かい奴はいない」という本人の思惑とすでに利害が一致しているので闘いが終わりません。「夫は怖くない」「父親に対して意見を言ってもいい」と認識を変えると、途端にお父さんの暴言が止まった・・・なんてことが起こります。

重要なのは自分の「認識」を変えることで相手の「認識」を変えていくのです。

職場でも観察してみてください。パワハラ上司のことをサラッと交わしたり、「課長、ハゲてますね~」とか面と向かって言っているにもかかわらず(周りは真っ青だけどねwww)何故か苦笑いで済まされてしまっている不思議な人はいませんか。ただ単に天然ちゃんではないのです。パワハラ上司がよく使う武器「上下関係」「ステータス」「経済格差」に対して執着がないから、つまり「どうでもいい」ので自然と攻撃をやめてしまうのです。

ご夫婦でも「夫のことはどうでもいいと思っている」と言いながらイライラを隠せない人は本当の「どうでもいい」に達していません。当然夫からの攻撃はやんでいないでしょう。相手への不安や恐れ、恐怖はそう簡単に自力でコントロールできないものです。相手を無視しよう、我慢しようなど自分を抑え込むことが「どうでもいい」という意味だと誤解している方も多いです。

相手に優しい言葉をかけながらココロの中で怒りが燃え滾っている人もたくさんいます。人生のどこかで身につけた処世術かもしれませんが、こういう人も周りから結果的に攻撃を受けやすいですね。自分にウソをついていては本物の平和は得られません。

否定的な感情は潜在的な部分に根っこを張っていますから取り除くにはコツが必要です。

感情解放を行なって、相手に平和を仕掛けましょう。
先に仕掛けたもの勝ちです。