「もう分かり合えない」と思ったときに見直したいこと

夕暮れの食卓で、カップを手に静かに過ごす中年の夫婦

長年連れ添ってきたのに、「もうこの人とは分かり合えないかもしれない」とふと感じる瞬間があります。若い頃の衝突とは違う、諦めに近い静かな絶望感を伴うことが多いのが特徴です。

「分かり合えない」と感じる瞬間に起きていること

このセリフが浮かぶのは、たいてい「何度説明しても伝わらない」という経験が長い年月をかけて積み重なったときです。
努力してきた分だけ、疲労感は深くなります。特に、これまで頑張ってきた自覚がある方ほど、「これだけやってもダメだったのだから、もう無理なのだろう」という結論に至りやすいものです。

ご相談から:子どもの話題しかなかった、あるご夫婦

結婚20年を超えるご夫婦のケースです。もともと意見がぶつかることが多く、いつしか会話は必要最低限になっていました。唯一続いていた共通の話題が、子どものことだったそうです。

その子どもが独立して家を出ていくことが決まったとき、彼女は「これから夫と何を話せばいいのか分からない」と感じたといいます。けれどお話を伺っていくと、その奥にあったのは会話のネタ切れではなく、夫への根深い否定的な感情でした。「できることなら、話しかけられたくもない」——ご本人の言葉です。

セッションを継続して受けていただくうちに、ある日こんなことが起きたそうです。夫が「ただいま」と帰ってきたとき、彼女はいつものように、特に意識もせず「おかえり」と声をかけました。すると夫が驚いた顔をして、「今までと全然違う雰囲気だったから、びっくりした」と言ったそうです。ご本人にとっては何も特別なことをしたつもりはなく、それだけに驚きも大きかったといいます。

それをきっかけに、二人の間にあった警戒心や「どうせ分かり合えない」という思い込みが少しずつゆるみ、これまでなかった何気ない会話が自然に生まれるようになっていきました。

分かり合うことと、同じ考えになることは違う

私たちはつい「分かり合う」を「同じ意見になる」と捉えがちです。けれど本来、分かり合うとは、考えが違ったままでもお互いの背景や気持ちを理解し合える状態のことです。先ほどのご夫婦が変わったきっかけも、意見が一致したことではなく、「おかえり」ひとつを交わせるようになったという、ごく小さな会話の積み重ねでした。同じ答えを探し続ける限り、分かり合えなさはいつまでも埋まりません。

何気ない会話から、また始めていい

「分かり合えなさ」を前提に関わり方を組み立て直すと、関係は驚くほど楽になります。先ほどのご夫婦が本当に変えたのは、会話の内容や量ではなく、自分の内側にあった夫への否定的な思い込みでした。その思い込みがゆるんだ瞬間、力を入れずとも自然な会話が生まれたのです。

子どもが自立してから、あらためて夫婦の会話を取り戻そうとすることは、決して遅すぎることでも、無駄なことでもありません。むしろそれは、会話の技術を学ぶことよりも先に、ご自身の内面を見つめ直す良い機会なのだと思います。

パートナーとの間に積み重なった疲労感がある方は、Re:fractal Healingもご参考にしてください。